システマティックレビューとメタ分析におけるベイズ分析
システマティックレビューやメタ分析においては、ベイズアプローチを適用することによって事前信念(prior belief)を分析に組み込むことが可能になります。システマティックレビューとは、特定の研究課題に関するすべての利用可能な文献を包括的に検索し、その結果をメタ分析によって統合することで、全体的な効果量を算出するものです。なおベイズ分析とは、新たな証拠(エビデンス)を得た際に、これを基に仮説の確率を更新する「ベイズの定理」を用いた統計的手法です。
本ブログでは、ベイズ分析を用いたシステマティックレビューとメタ分析によって心拍数低下治療に影響を与える因子を調査した研究であるYamashina et al. (2022) を紹介します。この研究を読み解くことで、ベイズ分析を用いたシステマティックレビューとメタ分析の重要性を理解した上で、ベイズ分析を利用した他の研究例についてもあわせてご紹介します。
ベイズ分析とは?
ベイズ分析とは、統計的推論手法の一種であり、確率を「ある事象が起こることの尤もらしさ(likelihood)」として捉えるものです。確率を「頻度」ではなく、「確信の度合/主観確率 (degrees of belief)」として扱うという点において、古典的な頻度論的統計学とは異なります。確信の度合は、新たなデータを取得することで更新することができ、結果として事後分布(posterior distribution)を得ることができます。この事後分布は、データと事前情報に基づいて更新された仮説の確率を表します。
ベイズ分析ではまず、「実験前段階におけるある事象が発生する確率」である事前信念を設定します。これが、新たな証拠(エビデンス)を取り込みベイズの定理によって更新されることで事後確信(posterior belief)が生まれ、その結果、事後分布を得ることができます。
なお、ベイズの定理は以下のように表されます。
ここで、P(A)はAが発生する確率、P(B)はBが発生する確率、P(A|B)は事象Bが与えられた場合にAが発生する確率、P(B|A)は事象Aが与えられた場合に事象Bが発生する確率を表します。なお、ベイズ統計ではAがパラメータを、Bがデータを示します。
ベイズ分析においてはあるモデル(=仮説)の他のモデルに対する証拠(エビデンス)の比率を計算することができる点が、非常に重要なポイントです。証拠は、事後確率とベイズ因子によって定量化、計算することで算出され、ベイズ因子を用いることで2つの仮説の尤度比を得ることができます。
一連のプロセスによってベイズ分析では、点推定とは対照的に、ある仮説の他の仮説に対する証拠の強度(strength)を得ることができるため、不確実性を考慮に入れることができるようになります。
経験ベイズ(empirical Bayes)はベイズ分析のもう一つのタイプです。この統計手法は、事前分布のパラメータを推定するために観測データを使用します。その上で、事前情報(ベイズ法)と最尤推定(頻度法)を組み合わせ、ベイズ法と頻度法の両方の統計的推論を行うハイブリッド型の手法であるといえます。
経験ベイズは、データ量が限られている場合や、事前情報を柔軟に分析に取り込む必要がある場合によく用いられます。経験ベイズでは、データに基づいた情報を事前分布に取り込むことができ、これによりベイズ推定値の精度と安定性を向上させることができます。
システマティックレビューでベイズ分析を使用する理由とは?
ベイズ分析がシステマティックレビューやメタ分析で使用される理由は、サンプルサイズや変動性(variability)などの事前信念を組み込むことができるためです。また、他のアプローチと比較して不確実性を考慮しやすくなっていることもベイズ分析が使用される理由の一つです。特に、異質な(不均質な)データセットを用いる場合には、ベイズ分析以外の手法でメタ分析を行うと、外れ値によって誤った推定値を導く恐れがあります。
ベイズ分析は、「ランダム効果モデル」にも簡単に取り入れることができます。ランダム効果モデルとは、モデルのパラメータがランダム変数である統計モデルであり、その中のデータは固定効果モデルのように同じ母集団からではなく、異なる母集団から抽出されると仮定されます。このランダム効果モデルは、メタ分析に含める論文の全体効果量をプールするために特に使用されます。
メタ分析における2つの重要な指標は、プールされた効果量(全体効果)と研究間の異質性(メタ分析における異なる研究がどのように相違するか)です。
メタ分析にベイズアプローチを適用する場合、事前分布を用いてこれらの指標に事前情報を組み込むことができます。これにより、分析者が考える真の全体効果量と研究間の異質性を先験的(a priori)に指定することができます。
このようにメタ分析に関する事前確信を組み込めることは、利用可能なデータや研究が限られている場合に役に立ちます。なお、メタ分析における事前確信は、専門家の意見や過去のメタ分析や論文から推定することも、選んだ論文のデータから直接推定することもできます。
また、ベイズ分析はメタ分析における不確実性の定量化にも効果的で、全体効果量と異質性に関する事後分布を全て与えることによって算出されます。これに基づき、全体効果量または異質性の程度が、事前確信として最初に考えた値よりも小さいか大きいかに関する確率を計算することができます。
ベイズ法では信用区間(credible interval: CrI)を計算することができます。信用区間は信頼区間(confidence interval)と類似した概念で、効果推定値の周りの不確実性を定量化するために使用されます。これは、真の効果を含む一定の信用性(確率)を持つ値の範囲として解釈されます。
ベイズ分析の実際の使われ方
ベイズ分析はメタ解析において多くの利点があり、広く使用されています。最近の研究であるYamashina et al. (2022)は、システマティックレビューとメタ分析においてベイズ分析を使用しています。
研究の概要
Yamashina et al. (2022) では、駆出率が低下した症候性心不全患者(HFrEF)に対する心拍数低下治療の死亡率に対する効果に対して、どのような因子が影響を与えるかを研究しています。とりわけ、予測される因子(年齢、性別、合併症)がHFrEF患者に対する心拍数減少治療の効果をどのように変化させるかを評価することに研究の主眼が置かれています。また、心拍数減少の閾値が1分当たり10回以上の患者群において、これらの予測因子が心拍数減少治療の効果にどのように影響を与えるかについても評価しています。
著者らは関連論文を探すためにシステマティックレビューとメタ分析を用いています。英語で公表された18歳以上のHFrEF患者を対象としたランダム化臨床治験とプラセボ臨床治験を適格基準とし、心拍数治療が心拍数と臨床結果に及ぼす影響を調査しています。
また、ベイズランダム効果モデル(経験ベイズ)を用いて、臨床結果に対する全体効果と異質性、事後分布の推定も行っています。分析では、心拍数低下療法の臨床結果に対する予測因子の影響を評価するために、経験ベイズのランダム効果メタ回帰分析を用いています。
著者らは効果量を相対的リスク比によって示しています。この比率は、ある健康イベント(この研究ではHFrEF)が発生している群のリスクと別の群におけるリスクを反映しています。
著者らの研究では、メタ分析合成のための適格基準を満たした延べ23,564人分の患者データを含む論文20稿を分析対象として選択しています。ベイズランダム効果モデルに基づく分析の結果、心拍数減少療法の全死亡に対する効果はリスク比0.833(95% CrI 0.776, 0.890)、心血管系の死亡に対する効果はリスク比0.836(95% CrI 0.769, 0.903)、心拍数悪化(WHF)による再入院に対する効果はリスク比0.789(95% CrI 0.729, 0.849)であることがわかりました。
これらの結果から、心拍数減少療法はプラセボ群に比べ、全死亡、心血管系の死亡、心拍数悪化による再入院のリスクを16%~20%減少させることが示唆されました。
加えて、経験ベイズのランダム効果メタ回帰分析により、2型糖尿病(T2DM)が、心拍数低下療法を受けた患者の全死亡および心血管系死亡のリスクを上昇させる予測因子であることが示されました。高血圧も全死亡のリスクを上昇させることを示しましたが、この効果は統計的に有意ではありませんでした。
メタ回帰とは何か?なぜメタ回帰が用いられたのか?
メタ回帰は、単純な線形回帰に基づいた統計手法です。線形回帰モデルは、ある変数xの値を用い、別の変数であるyの値の予測を試みます。メタ回帰では、これと同じロジックがすべての「研究」に適用されます。すなわち、xは研究の特徴(実施年など)を示し、xの情報に基づいてy(研究の効果量)を予測しようとするのです。
研究者はメタ回帰を用いることで、研究の特性と報告された効果量との関係を検証することができます。これにより、特定の結果に対する効果の大きさに影響を与える因子(研究デザイン、サンプルサイズ、介入の種類等)を特定することを目指します。
Yamashina et al.(2022)は、メタ回帰を用いて、特定の医学的因子(T2DM、高血圧、虚血)によって心拍数低下療法の臨床結果を予測できるかどうかを検証しました。慣例的な言い方をすれば、効果量がこれらの因子の関数としてモデル化されたことを意味します。その上で、研究の特徴と効果量との関係を推定するために回帰分析を行っています。
著者らは、この研究において経験ベイズのランダム効果メタ回帰を使用しています。この手法は、ランダム効果モデルを観測データからの情報を組み合わせることで、研究間の治療の効果の分布を推定するものです。ランダム効果メタ回帰を用いることで、各研究の治療効果の異質性を考慮に入れた上で、各研究の情報をプールすることが可能です。
メタ回帰の結果は、効果量に影響を与える要因に関する洞察を与え、異質性の原因を理解する上で役立ちます。この研究においては、2型糖尿病の存在が心拍数減少治療の死亡率上昇に対する有意な予測因子であることが示され、2型糖尿病を患うHFrEF患者に対しては心拍数減少治療の効果が減少することが示唆されました。
Yamashina et al. (2022) の研究のようにメタ回帰を用いることで、将来の研究における効果量の予測を行うことができます。また、今後の研究が必要な領域を特定したり、今後の研究の質を向上させるための案を検討したりする上でも役に立ちます。
なぜこの研究でベイズ分析が使われたのか?
この研究でベイズ解析が用いられたのは、おそらく先行研究から得た事前知識を今回の解析に取り入れることができたためでしょう。この研究では、データから直接事前分布を求めています。この手法は、あるトピックに関する対照試験がわずかしかないなど、得られる事前情報が限られている場合や、情報の信頼性が低い場合に有効です。
また、著者らは事前情報を取り入れることで効果量の頑健性を高めています。これは偽陽性や偽陰性の割合を減らすことができるため、医学研究においては特に重要になります。また、ベイズ分析を用いることでより情報に基づいた包括的かつ柔軟なデータ分析が可能になるため、心拍数減少治療がHFrEF患者の死亡率に影響を与える要因について細かな理解が可能になっています。
ベイズ解析からは、効果の強さに関する情報を得ることもできます。Yamashina et al. (2022) では、信用区間を用いることで、点推定値に対してその推定結果がどの程度の尤もらしいかに関する範囲を示しています。HFrEFはケースによって異なる可能性があるため、この研究においては信用区間を用いることが重要になっています。
また、この研究ではベイズメタ回帰モデルを用いて、2型糖尿病をはじめその他の臨床的共変量などの因子を組み込んでいます。これにより、HFrEF患者に対する心拍数減少治療の効果に影響を与える要因について、より詳細に理解することができています。
一方、ベイズメタ分析に代わるアプローチとして、伝統的な頻度論的メタ分析を使用することも考えられます。頻度論的メタ分析における効果量は、各研究の効果量推定値の逆分散加重平均といった伝統的な統計手法を用いて推定されます。
頻度論的メタ分析の主な利点は、単純であり、多くの研究者から理解されやすい点です。異質性や出版バイアスを評価する方法も多く確立されています。異質性や出版バイアスは、全体効果推定値に影響を与える可能性があるため、どのメタ分析においても考慮すべき重要な要素です。
しかし、頻度論的メタ分析は、モデリングや事前情報に関する柔軟性が欠けています。また、頻度論的メタ分析では、効果量の点推定値のみが得られ、確率や不確実性を得ることはできません。裏を返せば、これが透明性や分かりやすさの源泉になっているともいえます。
その他のメタ分析におけるベイズ分析の事例
メタ分析におけるベイズ分析は、モデリングの柔軟性や不確実性へのより深い理解という統計的な利点があることから、医学分野において普及し続けています。また、ベイズ分析は、階層メタ分析やネットワークメタ分析などの複数のタイプのメタ分析モデルにも簡単に取り入れることができます。
Leucht et al. (2017)は、統合失調症患者における抗精神病薬の効果が時間をかけてどのように変化してきたかを検証しました。著者らは研究の中で、統合失調症の症状が悪化した患者を対象としたプラセボコントロール治験を含めることで、薬効の調整因子(moderator)を調査しています。彼らは、分析対象の全体効果をプールする際にベイズ型ランダム効果階層モデルを用いて分析を行っています。階層モデルを使用することで、効果量の不確実性など複数の不確実性のソースを考慮することが可能になります。
Singh et al. (2020)は、帝王切開分娩のための神経軸麻酔時に、血管拡張薬の選択がどのように低血圧に影響するかを検証しています。この研究では、ランダム化対照試験のシステマティックレビューが行われ、ベイズネットワークメタ分析が使用されています。
ネットワークメタ分析では、直接治療比較と間接治療比較の両方をネットワークと呼ばれる1つのモデルに組み込むことができます。これは、治療間に直接的な証拠(エビデンス)が多くない場合や、複数の治療法の比較を同時に行うことができる場合に有効です。
本稿で紹介したすべての研究は、ベイズアプローチによって、データにおける事前情報、不確実性、異質性を統合することに成功しています。このような柔軟なモデリングは、様々な要因が治療結果に影響を及ぼす可能性があり、特定の臨床事象に関して十分なデータが用意されていないことも多い医学分野の研究において、非常に重要になっています。
エダンズでは、レビュー論文執筆の全行程をサポートいたします!
時間のかかる工程をサポートすることで、最短3か月での投稿が可能になります。きめ細かな提案で、多くの著者の皆様にご満足いただいているレビュー論文執筆サポートは、こちらからお気軽にお問い合わせください。