臨床試験実施計画書は臨床試験のフレームワークで、それがどのように実施されるか、また研究チームに必要なガイドラインの全てを提供する、概要です。
臨床試験の研究計画書を作成することは、複雑で時間のかかるプロセスです。初めて研究計画書を書く際、特に私のように一般生物医学的なバックグラウンドを持ち、臨床の世界については限定的な知識しかない場合、気後れしてしまうこともあるでしょう。
私たちは皆、ミスを犯します。ただし、その中のミスのいくつかは、他のものより厄介です。これを念頭に置きながら、私が最初の臨床試験実施計画書を作成する前に知っておけばよかった事を紹介します。
1. 研究課題と主要評価項目をしっかり定義しましょう
良く定義された研究課題と主要評価項目は、臨床試験実施計画書を作成する際に必須です。研究課題は、あなたの研究目的そのものです。これは、革新が必要な治療分野に関する科学的知識を得ることから、新薬の試験を行う重要な研究などを含みます。
研究課題は、研究目的とスコープを含み、中立的な(バイアスがない)表現で書かれるべきです。乏しい研究課題は、すぐにあなたを間違った方向へと導くでしょう。
悪い例: 肝臓疾患に対する、リファキシミンの効果を評価すること。
なぜこれが悪い例だと思いますか? この研究課題は、リファキシミンのどの効果について評価する研究かの特定をしていません。同様に、肝臓疾患の幅広い病状や合併症を含んでいて、この研究課題は、その研究において何が調べられるのかを明確にしていません。
より良くするためには: 代償性肝硬変患者の小さなコホートに対して、リファキシミンが門脈高血圧症を減少させる効果があるかを調査すること。
あなたの研究課題に答える尺度を、主要評価項目と呼びます。明確に定義した一つ主要評価項目があり、副次評価項目が限られていることが重要です。というのは、臨床の場において、簡単に多量のデータを収集することができますが、最終的には、研究課題を検討するためは完全に不要なものであったりするからです。
研究の目的を明確に定義することで、『全てのシナリオ』を試さずに済み、研究方法を絞ることだけでなく、不正確な結果の抑制に役立ちます。
常に覚えておくべきこと: あなたが生成するデータの品質は、研究デザインを作成する際のあなたの思考と努力が反映されています。
ヒント: 研究デザインを作成する際は、あなたのトピックと関連するその他のトピックを、臨床試験登録情報システムでクロスチェックし、あなたと同じ研究課題をもつ臨床試験が既に登録されていないか、もしくはすでに研究されていないか確認しましょう。
2. 統計計画
私は最初のプロトコルを作成する際に、統計計画を考えるべきだと知りませんでした。 しかしすぐに、プロトコルを作成する上で、臨床統計がいかに重要であるか分かりました。
これは、研究に必要な患者の数を決定する重要な要因であり、それが統計計画の最初のステージです。統計的検出力の計算と必要なサンプルサイズの推定は、研究課題を答えるためには、何名の患者が必要かの計算に使います。これらの計算は、適切なサンプルサイズを推測することに役立ちます。そしてそのサンプルから出た結果から、母集団全体について推論することが出来ます。
このステージでは、統計手法とデータ分析計画を定義する事も重要です。これは、時々研究の最後に使うことを計画している統計分析のタイプによって、必要なサンプル数に影響があるからです。例えば、ノンパラメトリック検定を使った研究 (e.g., Mann–Whitney U) では、パラメトリック検定を使った研究(e.g., Student’s t-test)より多くのサンプル数が必要です。
プロトコルの作成の初期段階では、研究デザインがきちんと適切に作成されるように、生物統計学の訓練を受けた人と一緒に作業することをお勧めします。これは、同時にあなたの臨床統計を学び直すのにも役立ち、私のように、新しい統計手法を覚える事も出来るかもしれません。
その他には、何らかの統計用のソフトウェアを使う必要があります。IBM SPSS は、使い方も簡単で、記述統計や、単変量・多変量解析や、予測モデリングなどの広範囲の統計分析に利用できるため、よく使われています。しかしながら、その他ににもMATLABやSTATA、 SASや、無料かつオープンソースのRなどもあります。
ヒント: 臨床試験には、記述統計、予測と仮説検証、無作為化と生存率分析の、統計学の基礎知識が必要です。無料のオンラインコースがたくさんありますので、そこで統計について学んだり、持っている知識の再確認をしましょう。
3. 研究チーム及び研究支援スタッフと協力し合いましょう
研究チームの他のメンバーや主な支援スタッフと、良好で生産的な関係を築くことで、多くの良い結果をもたらすでしょう。あなたの研究チームと支援スタッフは、医師や看護師、薬剤師(薬を調剤するのであれば)、理学療法士、そして(血液検査を行う)臨床検査サービススタッフを含みます。
基礎科学的なバックグラウンドから来た研究者の私にとって、患者のケアと研究手順を臨床面で探求することは難しいと思いました。研究チームの全員のメンバーと良い関係を築くことで、彼らに質問をすることができました (最初のプロトコル作成時には、多くの質問がありました)。例えば、私は自分の臨床プロジェクトを理解するために、自分のチームの医師と看護師に肝臓疾患の合併症(私の研究トピック)と、それに関連する手順について尋ねなければなりませんでした。
質問することを恐れないでください。なぜなら、技術的なことや専門用語を知らないため、プロトコルに誤った内容を書くよりも、たくさん質問をし、学ぶ方がいいのですから。それと同じくらい大切なことは、研究計画書をデザインする際、研究チームからもらった意見を取り入れることです。これらの人間関係は研究をデザインする際に重要で、それにより、研究において、個々のメンバーのそれぞれの役割と期待を、明確に話し合うことが出来ます。
ヒント: 私は、早い段階で研究チームのメンバーは、それぞれの主要な役割で忙しいことを学びました。常に研究チームのメンバーとは事前に予約を取り、特定の質問をリストにし、彼らが使ってくれている時間を考慮しましょう。そうすることによって、良い職場での関係の地盤が築けるでしょう。
4.適格性と研究方法
研究計画書において、最も重要な部分は、研究プロセスの概要を描き、どのように研究を完成させるかと言うことです。
研究計画書は、新規被験者の選択から、募集、及びにデータ収集とデータ管理までのトピックが含まれているべきです。
CONSORT 2010のガイドラインは、研究をデザインするのに便利なツールです。これらは、国際的に認識されている、『無作為化試験を報告する際に必要な、最低限の推奨』が提供されています。CONSORT 2010 チェックリスト は研究デザインと報告に関して、考慮すべき25項目に関する詳細な情報が書かれています。 SPIRIT 2013 声明は、また別の貴重なソースです。これは、トップエキスパートたちが立ち上げたイニシアチブで、『研究計画書の完全性と品質を向上させる』ことを目的としています。この声明は試験デザイン、試験登録、そして倫理原則に関する包括的なガイドラインを提供しています。
臨床試験にとって適格基準は重要であり、被験者の募集を最大限にするために、明瞭であるべきです。組入れ基準は、対象集団を定義することを目的とします。除外基準は、それをさらに絞り込むことを目的としており、関連のある禁忌が含まれているべきです。
基礎科学者の私にとっては、このセクションが研究計画書の作成時に一番難しく感じ、基準の定義を自分のチームの他のメンバーに頼りました。 さらに研究方法に、評価項目と、それが行われるスケジュールを、加えることも良いアイディアです。これらが簡単に、かつ明確に理解されるように勤めましょう。
私は、テーブルやフローチャートで評価項目とスケジュールを説明するのが効果的だと思いました。
出来る限り、ある評価はいつ行われ、それがその研究限定のことか、もしくは通常のケアの範囲内かを明確にしてみましょう。これは、倫理審査委員会から受けるであろう、多くの質問やコメントを減少させる事ができ、同時に、自分の研究チームの全メンバーにも、研究の段階を知らしめることが容易にできます。
ヒント: 研究計画書を作成したら、自分の研究チーム以外で、あなたの研究トピックの基礎が理解が出来る人にレビューしてもらいましょう。インフォーマルなピアレビューは、研究デザインの不備の可能性を見つけたり、追加の研究方法があれば加えたりする事が出来、依頼する価値のあるものです。それ以外にも、あなたの所属する研究機関や、地域に無料のピアレビュー・システムがあるか探してみてください。例えばオーストラリアでは、国家保健医療研究評議会(NHMRC: National Scientific Committee があり、研究計画書の科学的な価値と、妥当性についてアドバイスを提供しています。
5. 国際基準・国内基準
1964年に世界医師会(WMA: World Medical Association)は、ヘルシンキ宣言(Declaration of Helsinki)を、人を対象とする医学研究の倫理原則の勧告として採択しました。これは、現在の国際基準である医薬品規制調和国際会議(International Conference on Harmonization – Good Clinical Practice (ICH-GCP))の、基盤となっています。
ICH-GCP は、『ヒトを対象とする、臨床研究のデザイン、実施、記録や報告をする際の、国際的な倫理的、科学的品質基準』です。倫理審査委員会と他の規制委員会が、ICH-GCPの13の主となる基準を実施しています。これらのガイドラインは、オンラインで見ることができます。
主任研究員とプロトコルの作成者は、これらのガイドラインに従うと同時に、自分の国や、地域の基準に従う責任があります。
オーストラリアでは、私は治験を計画する際、薬品・医薬品法(Therapeutic Goods Act)に基づき、保険省薬品・医薬品行政局(Therapeutic Goods Administration: TGA)から許可を得て、州と連邦の両方の規制に従っていることを確証する必要がありました。
ですので、あなたがプロトコルを作成する時に、次の質問を自分自身に問いかけてみてください。
- プロトコルには、新しい、もしくは未承認の薬や医療機器の試験が含まれていますか?
- プロトコルでは、すでに承認された薬や医療機器が、本来の使用目的以外で使用されますか?又は、本来の対象患者集団以外で使用されますか?
もし、これらのうちのいずれかが当てはまれば、リサーチ・オフィスと一緒に、適切な規制基準に従っていることを確認し、不明な点がある場合はアドバイスを求めてください。所属機関の倫理担当責任者に連絡を取ることは、計画書内のこのセクションについて作成するうえで、非常に有益です。
臨床試験における安全性情報報告は、ICH-GCPの条件の主な要求一つです。
臨床試験実施計画書の一部として、何が報告可能で、何が報告不可能な有害事象なのか、明言することが重要です。さらに、誰に有害事象の報告義務があるのか、誰に報告するのか明確にするべきです。有害事象とは、予期しなかったり、意図しなかった症状や病気のことであり、治療や処置に関連する場合と、関連しない場合があります。
こういうことに関しては、オーストラリアでは例えば、政府発行のAustralian Clinical Guidelinesや、Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE)のようなテンプレートがあるので、それらを参照してください。
あなたの研究の種類と、被験者にもよりますが、不必要な過剰報告を避けるため、研究毎に有害事象の表現を調整することが賢明かと思われます。
ヒント: 安全性の報告をするために役に立ったことの一つが、デザインしている臨床試験において、起こりうる有害事象の表を作成することです。また、研究に参加している各被験者の有害事象のログを作成することも役立ちました。私の場合、そうすることによって、試験中に起こったことについて記録し、追跡することが可能でした。このログは有害事象、発症日、CTCAEグレードと、有害事象と治験薬や処置との関係が含まれるべきです。
6. 臨床試験登録
試験登録は、研究計画書の作成と、倫理審査の後の段階で発生しますが、臨床試験に患者の組入れをする前に必要な手続きです。
研究試験を公的な臨床試験登録システムに登録しなければならない理由はいくつかあります。例えば、一部のデータのみを選んで報告して出版したり、研究の不必要な重複を防いだり、更には一般の方々や被験者になる可能性のある人々に、進行中のすべての研究について知ってもらうなどが理由に含まれています。
公的な臨床試験登録システムはいくつか存在ますが、世界保健機構国際臨床試験登録プラットフォーム (ICTRP)と、 ClinicalTrials.gov は、最もよく参照されています。これらの臨床試験登録システムは、非営利目的で行われており、誰でも無料でアクセスでき、登録されたデータの妥当性を保証するためのメカニズムを有しています。
いくつかの国には、その地域に限定した臨床試験登録システムがあります。例えば、オーストラリアには、Australian New Zealand Clinical Trials Registry (ANZCTR)があり、部分的にオーストラリア政府が資金を提供しています。すべての臨床試験は、倫理承認時にANZCTRに登録する必要があり、ANZCTRはICTRPにデータを貢献しています。
臨床試験実施計画書の試験登録は、現在、研究成果がジャーナルから出版されるための、主要条件とされています。最初の患者が組入れされる前に、試験そのものが登録された証拠を提示する必要があります。この証明をする一番の方法は、試験登録番号を論文に記載することです。通常、論文のアブストラクトもしくは、ボディに当たる部分に登録番号が記載されます。医学雑誌編集者国際委員会(ICMJE)は、研究成果が出版されるための、試験登録とデータ共有の条件を包括的な概要において、提供しています。
ヒント: 研究計画書の作成時に、臨床試験登録情報システムを見ることに、時間をかけてみてください。そうすることで、どのような情報を登録する必要があるかわかるだろうし、それに従って、適切に研究をデザインすることができるでしょう。それに、もしあなたが自分の研究成果をどのジャーナルに投稿したいか既に考えがあるのであれば、試験登録の条件を読んでみてください。例えば、ジャーナルがどの臨床試験登録情報システムに、研究計画書の登録を好んでいるのか、確認するといいでしょう。
この比較的に短くて、すべてを網羅されているわけではないリストによって、臨床試験実施計画書の作成時には、たくさんのことを考慮しなければならないことがわかります。
手始めに、EQUATOR Networkから読むと良いでしょう。これは、臨床研究のすべての局面とスタイルに関するリンクと情報ガイドラインを提供する統括組織[www.equator-network.org/] です。そこには、この記事において紹介された、いくつかガイドライン (CONSORT, SPIRIT)と情報ソースのリンク以外にも、色んな情報を見つけられます。
あなたの地域のリサーチ・オフィスの職員の方々と顔見知りになりましょう。彼らは、あなたが何が必要なのか、包括的に理解するための、一番良い情報ソースなのですから。また、あなた自身の研究チームと緊密に協力し合い、倫理審査委員会のガイドラインとチェックリストを確認しましょう。そうすれば、確実に、優れた初めての研究計画書を作成するために必要な、全ての情報が揃っていることでしょう。
下の便利なチャートは、プロセスの一般的な流れを表しています。
Sumudu Narayana currently works as a clinical trials coordinator in Adelaide, South Australia. She has a PhD in Biological Sciences from the University of Adelaide and transitioned into clinical research to help bring research from the laboratory to patients.