『EXCITED by the SCIENCE』では、国内外の最新の研究成果と研究発表の洞察、そしてエキスパートたちに注目し、国内外問わずエキサイティングなリソースをお届けします。ご自身のスタイルに合わせて「読む・聴く・見る」から自由に選択し、サイエンスコミュニティへご参加ください。
エピソード 001
AIは夜間の呼吸からパーキンソン病を発見することができるか?
パーキンソン病は世界中で数千万人の人々が罹患している疾患ですが、深刻な症状が出る前に発見できる可能性があることが最新の研究結果によって示唆されています。では、どのようにパーキンソン病を発見するのでしょうか?その答えは、人工知能の活用です。今回の「EXCITED by the SCIENCE」は、AIにより睡眠中の呼吸を分析することで、パーキンソン病を初期段階で発見するという、新たに提唱された方法に関する専門家たちの議論をお届けします。
EdanzのDr Julian Tangは、専門家パネリストであるDr Daniel McGowanとDr James Grahamを迎え、論文「Artificial Intelligence-enabled detection and assessment of Parkinson's disease using nocturnal breathing signals」(Yang, et al.)に関する興味深い科学的背景について議論しています。
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James Graham PhD, CMPP • Scientific Director, Edanz
生化学博士。ロズリン研究所やドイツ神経変性疾患センターにおいてプリオンとパーキンソン病の研究に従事してきた経験を持つ。
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Daniel McGowan, PhD, MInstD • CEO, Cure Parkinson's New Zealand
ライフサイエンス、メディカルコミュニケーションの専門家。研究開発、イノベーション、科学・医学コミュニケーション、上級管理職、ガバナンスの分野で25年以上の経験を持つ。
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https://www.nature.com/articles/s41591-022-01932-x
DOI: https://doi.org/10.1038/s41591-022-01932-x
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パーキンソン病は、運動能力や言語能力をはじめ様々な機能に頻繁に障害をもたらす中枢神経系の退行性疾患です。著名な俳優であるマイケル・J・フォックスが30歳で発症するなど若い世代にも影響を与えており、世界中の60歳以上の100人に1人が発症しています。
パーキンソン病は、運動を制御する「黒質」と呼ばれる脳の特定の部位の神経細胞が死滅することによって引き起こされます。脳のこの部分が劣化すると、震えや硬直、動きの鈍化、平衡障害などの症状が患者に見られます。
現在パーキンソン病には確立された治療法が存在しませんが、早期の発見と効果的な治療によって患者の生活を大きく改善することができる可能性があります。
人工知能(AI)を使ったパーキンソン病の発見と評価を行う方法はすでに研究されており、ある程度の成果を残してきましたが、アメリカを拠点とするYangらの研究はこの分野におけるブレークスルーを引き起こしたといえます。彼らはAIを活用し、患者の夜間の呼吸シグナルを用いたパーキンソン病の発見を試みています。
「パーキンソン病研究における飛躍的な進歩を象徴する素晴らしい研究です。」エダンズのサイエンスディレクターを務めるDr James Grahamは語ります。「パーキンソン病は発見が難しいことで有名です。しかしこの研究では、AIを駆使して夜間の呼吸からパーキンソン病患者を特定することができる証拠を提示しています。その上、病気の重症度や進行度についても高い精度で評価することができるのです。」
この研究結果は学術誌「Nature Medicine」に掲載されています。本研究の共同責任著者は、マサチューセッツ工科大学のコンピューターサイエンス・人工知能研究室(MIT Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory:CSAIL)に在籍する博士課程学生のYuzhe Yangと同研究室の博士研究員であるYuan Yuan博士です。彼らは、機械学習、コンピュータビジョン、ヘルスケア向けAIという共通の研究関心事項を持っています。
Image source: Yang, Y., Yuan, Y., Zhang, G. et al. Artificial intelligence-enabled detection and assessment of Parkinson’s disease using nocturnal breathing signals. Nat Med 28, 2207–2215 (2022). https://doi.org/10.1038/s41591-022-01932-x
彼らは、夜間の呼吸シグナルからパーキンソン病の進行を追跡し、アメリカの複数の病院と公的データベースから得た7,000人以上の患者に関する大規模コホートデータを用いた分析を行いました。その結果、AIを使ったモデルは、機会学習に用いたデータセットのテストセットにおいて0.90、外部のテストセットにおいて0.85の曲線下面積でパーキンソン病を検出することに成功しました。また、このAIモデルは、Movement Disorder Society Unified Parkinson's Disease Rating Scaleに基づき、パーキンソン病の重症度や進行度を推定することも可能となっています。
「本研究のパーキンソン病に関する新たなデジタルバイオマーカーは、豊富で多様なデータに基づいて作られており、診断用と進行用のバイオマーカーとして機能します。」Cure Parkinson’s New ZealandのCEOを務めるDr Daniel McGowanはこのように述べ、さらに次のように続けます。「このバイオマーカーは、患者や臨床医の主観に左右されることがありません。また、生体を傷つけない非侵襲性を持ち、家庭でも簡単に使用することができます。測定したデータは接触することなく毎晩収集されます。」
Next Step:パーキンソン病患者の明るい未来のために
今回の大きな発見があったとはいえ、まだまだパーキンソン病研究におけるAIの活用にはさらなる研究や工夫が必要です。
パーキンソン病には多くのサブタイプが存在し、同質な疾患ではないことにYangらは言及しており、したがって、今後の研究においてはこの観点を考慮する必要があります。また、最近のシステムはパーキンソン病とアルツハイマー病を区別できることが実証されている一方で、パーキンソン病とその他の神経疾患を区別する能力があるかについてはさらなる検証の必要があります。加えて、パーキンソン病における呼吸器系症状の発生と進行については部分的にしか解明されておらず、さらなる研究が必要になります。
「パーキンソン病を診断する上では人間の専門知識がまだ必要だと思いますが、AIによるパーキンソン病の検知が実現することで、自身のパーキンソン病リスクを知らない人やパーキンソン病に罹患している人が医療機関を受診するきっかけになることは確かです」とDr McGowanは述べます。「今回紹介した研究内容のようなバイオマーカーは非常に必要性が高くなっています。」
「パーキンソン病の早期発見と疾患モニタリング用のAIは複数の主要な研究機関が研究を進めています」とDr Grahamは付け加えます。「ケンブリッジ大学の研究は、パーキンソン病の初期段階を示す可能性のある脳の変化を分析するAIの使用法を検証し、これを基にパーキンソン病の可能性のある患者の筆跡の僅かな変化を感知するスマートフォンアプリが発表されました」
パーキンソン病を理解し治療するためには、まだまだ研究の余地があります。しかしながら今回の研究は、パーキンソン病のバイオマーカー開発における非常に大きな一歩であったといえます。この発見が分野の研究を盛り上げ、パーキンソン病の発見と治療に関するさらなる臨床的知見が生まれることに期待がかかります。
今回ご紹介した研究に対する、専門家パネリストたちによる詳しい見解や、パーキンソン病研究における最新情報に関するビデオはこちらから視聴できます。
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