研究におけるバイアス(偏り)とは、誤った結果や結論を導くエラーのことを指します。このようなエラーは、研究のデザイン、実施、分析における誤りから生じ、このようなエラーが発生するリスクをバイアスのリスクと呼びます。
システマティックレビュー論文を執筆する際には、このようなバイアスのリスクに対処するためTraffic Lightグラフ(信号機グラフ)などのツールを用いて、各研究のバイアスのリスクを明確化する必要があります。この記事では、システマティックレビュー論文におけるバイアスのリスクとTraffic Lightグラフをはじめとしたバイアスへの対処法について解説していきます。
システマティックレビューの重要性については、こちらでもご紹介しています。
この記事で解説する点
- システマティックレビューにおけるバイアスのリスクとは何か
- バイアスのリスクを色で明確に評価できるTraffic Lightグラフ
- バイアスを防ぐためにできる具体的な行動
- 様々な種類のバイアスと、それを認識し回避する方法
- システマティックレビューのプロセス全体を学ぶための、自習コースのご紹介
システマティックレビューにおけるTraffic Lightグラフとは?
Traffic Lightグラフは、各行が1つの研究を表し、各列がバイアスの種類を表すグラフです。表内に記載されている色は、レビュー論文の執筆者が各研究における各バイアスのリスクを表したものになります。
赤はバイアスのリスクが高いことを、黄色はバイアスのリスクが不明確であることを、緑はバイアスのリスクが低いことをそれぞれ意味します。
例えば、右の図を作成した著者は、2012年のLaneによる研究において、緑で示した選択バイアス(Selection bias)、報告バイアス(Reporting bias)、減少バイアス(Attrition bias)のリスクは低いが、赤で示した測定バイアス(Detection bias)のリスクは高いと結論づけています。また、実行バイアス(Performance bias)のリスクに関しては、明確な結論に至ることができなかったとして、黄色の不明確なリスクとして示しています。
このように、Traffic Lightグラフは、システマティックレビューに含めた各研究の各バイアスのリスク評価を視覚的に表現したものになります。本文や表に全ての情報を書くのではなく、このような3色のシンプルなグラフを用いることで結論が一目瞭然となり、可読性が大幅に向上します。
システマティックレビューを書き始める前に取るべき4つの行動
- レビューに含める研究で評価するバイアスの種類を決める
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バイアスのリスクをどのように定量化するかを決める
(1.2がバイアスのリスクを評価する手順となります) - この手順をシステマティックレビューのプロトコルに書く
- この手順をシステマティックレビューの方法論セクションに書く
以上の4つの行動を取ることで、以下の4つの目標がそれぞれ達成されます。
- 各研究の評価方法を明確に理解する。これがバイアスのリスクを評価するためのマップとなる
- 透明性を確保する(何をどのように行ったかを隠さない)
- 他の研究者がシステマティックレビュー論文の結論の妥当性を確認したい場合に分析を繰り返すことができるよう、再現可能性を確保する
- レビュー論文を書き始める前に方法論のセクションを書くことで、時間を節約する(方法論セクションと序論セクションはプロトコルを書くのと並行して書くことができる)
システマティックレビューで頻繁に評価されるバイアスの種類
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選択バイアス(Selection bias)
選択バイアスは、実験群のベースラインとなる特性が異なる場合に起こりうるバイアスです。これは、被験者を実験群に割り当てる過程を無作為化し、盲検化することで防ぐことができます。
例えば、治療群対プラセボ群、新薬群対標準治療群への割り付けは、治験責任医師が選択すべきではありません。治験責任医師は、年齢や疾患の重症度などの因子を用いて被験者を各群に割り当てることを決定することにより、バイアスを導入することができるためです。このような実験設計は選択バイアスを招く恐れがあるので、割り付けは無作為に行われる必要があるのです。
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実行バイアス(Performance bias)
実行バイアスは、実験グループが受けるケアのレベルが異なっている場合や、一方のグループが結果に影響する要因に曝されているものの、もう一方のグループはそうでない場合に起こり得るバイアスです。
研究の目的は介入の有効性(パフォーマンス)を評価することにありますが、どのような介入を受けているかを知っていることで、結果に影響を与えてしまう可能性があります。
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測定バイアス(Detection bias)
測定バイアスは、結果の収集方法や情報の検証方法において、実験群が平等に扱われていない場合に生じ得るバイアスです。また、測定値が一部の参加者の特性によって影響を受ける場合にも起こり得ます。測定バイアスは、効果の大きさを過大評価または過小評価につながります。 -
報告バイアス(Reporting bias)
報告バイアスは、調査者が調査結果の一部のみを報告し、すべての調査結果を報告しない場合に起こりうるバイアスです。実験群間で統計的に異なる所見のみを報告することで生じることが多いです。このような報告方法は、結果を歪めてしまいます。 -
減少バイアス(Attrition bias)
減少バイアスは、研究から脱落する被験者の数が実験群間で等しくない場合に生じ得るバイアスです。このような脱落があると、実験群の結果データが不完全になってしまいます。実験群の参加者のバランスが悪い研究は、調査結果の信頼性が低く、結論に十分な確証が得られない恐れがあるのです。
出典:The Cochrane Handbook
注意!自身の研究がバイアスを生まないために
システマティックレビューにバイアスを持ち込まないようにするには、細心の注意を払う必要があります。システマティックレビューを計画し、プロトコルを書く際には、レビューの設計や研究の探し方、研究の選び方、研究の分析方法において、システミックエラーを生じさせないよう気を付けてください。
バイアス評価を含む結果の記述
レビューした研究のバイアスのリスクは、レビュー論文の結果を記述するセクションにて総合的に評価します。これは、Traffic Lightグラフを補足するパラグラフになります。ここでは、その分野の原著研究の全体的な質について、また、結論の信頼性を失わせるような方法論の欠陥があるかどうかについて読者に伝えられるよう意識するのが良いでしょう。
これにより、この分野での研究方法の欠点を暴き、研究課題に対して実証的かつ確実に回答するために必要なアプローチを理解できる可能性があります。ギャップや限界を特定し、システマティックレビュー論文でこれを説明すれば、その研究分野における今後の調査方法を推奨することもできます。研究の限界を書くことで研究の評価をあげるには、こちらの記事をご参照ください。
最後に:バイアスリスクを正すには
レビュー論文を執筆する時点で、その分野で欠けている知識を最も正確に理解し、その分野に存在するギャップを埋める研究を計画できる専門家は、紛れもなくレビュー論文を執筆している皆さん自身になります。そのことを自覚し、バイアスリスクに向き合うことで、今後の研究の発展に貢献することができるはずです。
エダンズ・エキスパートのご紹介
Dean Meyer(ディーン・マイヤー)
生命科学の認定エディター(ELS)。環境科学を専攻し、専門は毒物学と杭州衛生学。博士課程の研究では、無脊椎動物モデルにおける金属解毒の分子メカニズムに焦点を当てた。その他の研究テーマは、毒性および疾病発症のメカニズム、職業的有害物質の発生源とその生理学的影響など。アトランタの疾病管理予防センターに8年間勤務し、実験室の安全性と環境衛生の分野で幅広い経歴を持つ。